スペシャルコラム 

 

 

〜 あの日 あの時 青春野郎 〜

 

 

第22回 「 監督としての日々」

 

 

京アイボリー来海様、ご指名ありがとうございます。高橋会長、関係者の皆様いつも大変お世話になっております。 自分なんかがと戸惑っておりますが今回は我が桜ヶ丘歯科センター野球部について書かせていただきたいと思います。

成は多分もう20年以上になると思われます。私が入ってからは15年以上になります。院長がオーナー監督が一人私は言うならば現場監督という立場です。部員は主に筑波大学硬式野球部を卒業生、大学研究員、大学院生その他対戦し同じ空気で野球をやれそうな人に声を掛けてスカウトするという構成です。私が入った頃はまだそんなに勝ちに拘るというチームではありませんでした。地元の大会に出て勝っても負けても試合後にみんなで楽しくビールを!という程度のものでした。当時選手だった私はそれが悔しくてたまりませんでした。もう少しだけきちんとやれば負ける事なんてないのにと。もしこの先自分が監督になることが出来れば野球らしい野球をしよう!と心に決めておりました。

督になって5年ほど経ちますがまずは対戦経験の無いチームとの対戦を考えましたがどこに申し込めば、、、という状態でしたがそのうちパソコンを買いインターネットで見て見るとこそこには素晴らしい世界があり早速試合を申し込み対戦し大会情報を収集していきました。なんせあの有名なサンスポの事も知らないくらい無知でしたから。首都圏で名を馳せているチームとの対戦は刺激的でもありショックの連続でもありました。1点に拘る野球またそうしなければ勝てない相手レベル。打てばいいやん!それで負けたら仕方がない。という前提でやっていたうちとしてはまさに180°方向転換しなければなりませんでした。当然、チーム内にも何もそこまで、、、という意見も当然出てきますし解散の危機まで行った事も事実です。自分自身も強いチームの野球をそのまま当てはめようとしていた事も事実ですので選手達から反感をかうのも当たり前です。

度も何度も試行錯誤しながらようやく自分達のスタイルというものが確立されつつある現状です。草野球のクラブチームほどデリケートなものはないと思います。部員としてみれば気に入らなければ来なければいい訳ですから。エラーをした者、打てなかった者、試合に出れない者。慰めるだけでも怒るだけでも監督としては失格です。その辺りが監督として1番難しくそしてやりがいを感じる部分です。私自身は故障もあり途中で野球を断念した身です。ですので今のこの1日、1日が青春(野球人としての成長)なのかもしれません。37歳になり家庭をほったらかしにしても尚まだ全く飽きの来ない野球をどんな形ででも一生涯続けて行きたいと考えてます。現在歯科センター野球部では地元大会をメインに各オープン大会や交流戦を行っております。他のオープン大会にももう少し出てみたい気持ちもあるのですがオーナーの地元大会を大切に!という意向から限られた時間ではありますが積極的に遠征もしております。 対戦希望大会お誘いなどありましたらご連絡下さい。長々とすみませんでした。そして原稿大変遅くなった事お詫びいたします。

次回は私の尊敬する野球人の一人、ちえみスコールの加部氏に お願いしたいと思います。

桜ヶ丘歯科センター 監 督 籔田 武史

2003/10/ 15

 

 

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