スペシャルコラム 

 

 

〜 あの日 あの時 青春野郎 〜

 

 

第7回 「 ここにタッチ」

 

 

つ 川村様からご指名をうけまして、今回担当させていただきます。
今日のプロ野球のドラフト会議で、母校の後輩がジャイアンツに8巡目で指名され、 現在、上へ下への大騒ぎをしている最中です。

がない都立高なのですが、もちろん創部以来初快挙で、OGとしてもとっても喜んでいます。
ドラフトの話はさておき、私の青春時代・・・、 それは、はるか昔に過ぎてしまいましたが、(自爆)高校時代の話でも。プロ野球は今も昔も見ないので、影響を受けた選手というのはいないので、テーマからはちょっとずれますけど、お許しを。 私が高校生だったのは今から10数年前になります。 ちょうど、あだち充さんの漫画「タッチ」がはやった頃で、その漫画に出てくる南ちゃんにあこがれる女性が多く、私もその1人でした。それに加えて、夏の甲子園もいろんなドラマがあって大好きでした。

んなわけで、野球のことなどあまり知らないくせに野球部へ入部したわけです。ところが、自分が思っていたほど生優しい世界ではありませんでした。マネをちやほやするようなチームではなかったんですね。監督が女マネ10人より男マネ1人の方がいいという考えだったので、監督にそんなこともできないのかと言わせてはならなかったのです。 ほんとにつらくて辞めようと思ったことも数知れずです。自分の不甲斐なさにずいぶん泣いたりもしました。 でも、マネ同士で支えあって3年間やり通しました。選手からは・・・、結構監督につげ口とかしてたんでうとまれてたかもしれません。その当時、チームは夏の西東京予選でも1試合勝っても次で負けるという状態が続いていました。 私の同期は選手が7人しかおらず、先輩達にも「おまえ達に2つ(夏の西東京予選2勝)の壁は崩せない。創部以来最弱チーム」とまで言われていました。マネは私と相方と2人だけでしたが、彼らに憎まれてもいいと 心を鬼にして冬場のトレーニングで彼らにずいぶん無理を言いました。でも文句を言いながらでも彼らは聞きいれてやってくれました。私たちも彼らが練習しやすい環境を作るよう努力したつもりです。

して迎えた現役最後の夏の西東京予選。3試合目までは都立とあたるというクジ運のよさもあり勝ち進み、悲願だった夏2勝はあっさりやってのけました。 4試合目で、第1シードの学校とあたりました。勝てば西東京ベスト16という大一番。試合当日は、みんな今日で最後だな・・・なんて言ってた記憶があります。ところが、その第1シードの学校に勝ってしまったんです。現在と東西の線引きが違い、都立がベスト16に入るのも難しかった時代です。(線引きが変わって、西東京の都立でもベスト8に入れるようになったのは私の卒業後4・5年たってから)残念ながら次の試合で負けてしまったので16止まりでしたが、 こんなに嬉しい思い出を作ってくれた選手に感謝しているし、それまでの苦労を全部忘れました。 私の青春はこんな感じで幕を閉じました。

次回は、私とは第1回ストロングカップの交流会からのつきあいになります(顔見知り程度ですが)、 TGLEPSの日高さん、よろしくお願いします。

MISAWA マネージャー 末村 梓

2002/11/20

 

 

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